大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(行)30号 判決

原告 米田元次郎 外二名

被告 通商産業大臣

訴訟代理人 板井俊雄 外三名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「原告等が胆振国試登第五八二四号及び同第五八二七号の許可及び登録処分の取消しに対してなした異議の申立について被告が昭和二十九年三月一日付を以てなした決定を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

一、原告等(但し鉱業法第二十三条第二項により原告米陀が札幌通商産業局長より代表者と指定された)は、

(イ)  昭和二十五年八月十日札幌通商産業局長(以下単に札幌通産局長と略称する)に対し北海道胆振国白老郡白老村及び胆振国幌別郡幌別町にまたがる面積百万坪の区域について硫黄を目的とする試掘権設定の出願(受付番号札通二五試第一二六一号、以下単に二五試第一二六一号と略称する)をなし、

(ロ)  更に昭和二十八年二月六日右試掘権設定出願地区と同一区域について、金、銀、銅、鉄、硫化鉄鉱、硫黄を目的とする採掘権設定の出願(受付番号札通二八採第一七号)をなした。

二、一方、訴外岩田一は昭和二十六年五月六日札幌通産局長に対し、二五試第一二六一号の区域と大部分重複する区域について、鉄鉱を目的とする試掘権設定の出願(受付番号札通二六試第八一七号)をなした。(これにつき札幌通産局長は昭和二十七年六月中旬頃試掘権設定許可の処分をなし、岩田一はこれに基いて登録を完了したのであるが、同局長は後程右許可を取消し、昭和二十八年五月二十日その登録を抹消した。)

三(イ)  札幌通産局長は昭和二十八年五月二十一日原告等に対し二五試第一二六一号につき試掘権設定の出願を許可したので、原告等は一応該許可に基いて昭和二十八年六月十日その設定の登録を完了した(胆振国試登第五八二七号)。

(ロ)  ついで、同局長は昭和二十八年五月二十三日岩田一に対し、二六試第八一七号につき試掘権設定の出願を許可したので、同人は該許可に基いて昭和二十八年五月二十五日その設定の登録を完了した(胆振国試登第五八二四号)。

昭和二十八年六月十五日頃原告等は札幌通産局長より二五試第一二六一号の出願は胆振国試登第五八二四号の鉱区と一部重複しているとの通知(鉱業法施行規則第十六条)を受けた。

四、そこで、原告等は出願代表者である原告米陀名義を以て被告に対し、(一)昭和二十八年六月十日前記三の(イ)の許可は鉱業法第二十八条第一項の規定に違反する旨、(二)昭和二十八年六月二十日前記三の(ロ)の許可は鉱業法第二十七条第二十九条に違反する旨夫々異議の申立(鉱業法第百七十一条)をなした。

五、被告は右両異議の申立に対し、昭和二十九年三月一日付を以て「札幌通産局長のなした胆振国試登第五八二七号の出願許可及び登録が鉱業法第二十八条第一項の規定に違反することは認めるが、硫黄と鉄鉱とは異種の鉱床中に存する鉱物であるから二八採第一七号の出願は二六試第八一七号の出願に優先するものではない。又鉱業法第二十七条第一項の優先権を有するというのは鉱業権の設定許可までの行為についてであり、設定登録までを含むものではない」との理由を掲げて、「札幌通産局長のした胆振国試登第五八二七号の原出願の許可及び登録処分は鉱業法第二十八条第一項の規定に反する処分であるから、これを取消し、あらためて相当の処分を行うとともに、これに関聯する同第五八二四号の原出願の許可及び登録処分についてもこれを取消し、あらためて相当の処分を行うべきである」との決定(主文)をなし、該決定の正本は昭和二十九年三月十日原告等に到達した。

六、然しながら、右決定は(イ)硫黄と鉄鉱とを異種の鉱床中に存する鉱物であるとする点(ロ)鉱業権設定出願の優先権を有するということを設定登録を含まないとする点において違法であるから、右決定の取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、

被告の主張に対し、

一、の主張に対し、本件決定が胆振国試登第五八二四号、胆振国試登第五八二七号の試掘権設定出願許可及び登録を取消す旨決定したからとて訴の利益がなくなるわけではない。異議申立に対する本件決定はその主文は理由と相俟つて一つの行政処分をなすものであるから、結論が同一であるからといつて本件決定の取消を求める利益を有しないことにはならない。これを敷衍すれば、本件決定はその理由において原告等と見解を異にするもので、従つてこの決定がそのまま執行(広義の)されるとすれば、札幌通産局長はこれに基き結局原告等の二八採第一七号の出願に対しては鉄鉱について許可しないことは明らかであり、又原告等は札幌通産局長より許可通知を受けるまでには距離の関係から札幌附近に滞在するものより遅れ、従つて許可を受けて直ちに登録手続をはじめたとしても第三者からなされた同一出願に対する許可が仮に翌日にでもなされれば、その者より登録が遅れることは明らかであり、従つて原告等は鉱業権を取得し得ざるに至る結果になるのであるから、本件決定の取消を求める利益がある。

二、の主張に対し、各地方通産局長に対しては昭和二十六年五月十一日附を以て資源庁から通牒第三六三号(五分類)が出され、この分類の第五によれば硫黄と鉄鉱とは同種の鉱物としで取扱うべきことを指示し、北海道に関しても何等の例外を認めていないし、又従来もこの通牒に従つて取扱われて来たものである。理論的にいつても、ある二つの鉱物が理論上共存し得べきものである場合には両者は互に同種の鉱床に存する鉱物と解すべきである。

三、の主張に対し、鉱業権は設定登録を経てはじめて効力が発生する(鉱業法第六十条)ものであるから、鉱業法第二十七条第一項の優先権は設定登録を含むことは明らかである。と述べ、立証として、甲第一号証の一、二、第二号証の一乃至三、第三号証、第四号証の一、二の各イ、ロ、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一、二第八号証、第九号証の一、二、第十号証を提出し、乙号各証の成立は全部認めると述べた。

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告等主張の請求原因に対する答弁として、原告等主張の第一乃至第五項の事実はすべて認める。と述べ、

一、被告はその理由において一部原告等と見解を異にしたが、結論において原告等が異議申立をした原告等主張の前記請求原因(三)の(イ)(ロ)の各許可及び登録処分が違法であることを認めて原告等の申立を認容したものであるから、原告等は本訴において本件決定の取消を求める利益を有しない。

二、鉱物の成因が同一であり、又は鉱物の賦存状態からして両鉱物が共存するため同一鉱業権により掘採せしめることが鉱業の実体に即すると認められるものを同種鉱床の鉱物であるとすべきものであり、従来もこのように取扱つて来た。原則としては、昭和二十六年五月十一日付資源庁通牒第三六三号(五分類)に規定した分類に従うべきことを被告は各地方通産局長に対して指示しているのであるが、鉱床の成因又は鉱物の賦存状態から理論上も実際上も特にこの原則によることを相当としない場合には、この原則の例外を認めているのであり、該五分類を最終絶体的のものとしているのではない。即ち北海道地区においても(イ)札幌通産局管内の鉄鉱鉱床の賦存地域は道南の胆振、渡島、後志が大部分であつて、その鉱床の成因をみると、第四紀時代の洪積層中に含鉄冷泉が湧出又は浸出し、沈澱生成した褐鉄鉱鉱床が多く、その他の北海道の鉄鉱鉱床も殆んどすべて水成(沈澱)鉱床で硫化鉄の二次的変化によつて生成された鉄鉱とは成因を異にするものである。後者に属する鉄鉱床の存在は札幌通産局管内には過去において稀有に属し、一、二の小鉱床を除いては稼行の対象となつたものはない。そのため前記五分類中第五の「その他」の分類から鉄鉱を削除し、硫黄とは異種の鉱床として取扱うべきものであること、(ロ)これに対して、硫黄鉱床の生成は主として硫黄ガスの作用に起因するものであり、水性沈澱性による褐鉄鉱とは全く成因を異にするものであること等により、北海道道南地区においては硫黄と鉄鉱とは異種の鉱床と認められ、又従来そのように取扱われて来たのであるから、胆振国地域に対してなされた本件の鉱業権の出願についても硫黄と鉄鉱とは異種の鉱床に存する鉱物と取扱われるべきである。

三、鉱業法第二十七条第一項の優先権は出願許可の行為までをいうのであつて、設定登録を含むものでないと述べ、立証として、乙第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証の二のイ、ロ、を提出し、甲号各証の成立は全部認めると述べた。

理由

原告等が、本訴において取消を求めている行政処分は、被告が昭和二十九年三月一日付を以て、札幌通産局長が昭和二十八年五月二十一日にした原告等の二五試第一二六一号(胆振国試登第五八二七号)の試掘権設定出願の許可処分及び同年五月二十三日にした訴外岩田一の二六試第八一七号(胆振国試登第五八二四号)の試掘権設定の出願の許可処分について原告等が被告に対して同年六月十日及び同月三十日にした両異議申立に対してした決定であつて、この決定は原告等の異議申立の理由三点のうち第一点(鉱業法第二十八条第一項違反の主張)を是認して「札幌通産局長のなした胆振国試登第五八二七号の出願許可及び登録は鉱業法第二十八条第一項の規定に違反する」としたが、第二点(硫黄と鉄鋼とは同種の鉱床中に存する鉱物であるとの主張)及び第三点(鉱業法第二十七条第一項の優先権には設定登録までを含むとの主張)を否定して「硫黄と鉄鉱とは異種の鉱床中に存する鉱物であるから二八採第一七号の出願は二六試第八一七号の出願に優先するものではない。又鉱業法第二十七条第一項の優先権を有すると云うのは鉱業権の設定許可までの行為についてであり、設定登録までを含むものではない」との見解を示した上、結局において「札幌通産局長のした胆振国試登第五八二七号の原出願の許可及び登録処分は鉱業法第二十八条第一項の規定に反する処分であるから、これを取消し、あらためて相当の処分を行うとともに、これに関聯する同第五八二四号の原出願の許可及び登録処分についてもこれを取消し、あらためて相当の処分を行うべきである」との主文を明記して処分庁である札幌通産局長に対して原処分を取消してあらためて相当な処分をすべきことを命じたものである。以上の事実は当事者間に争のないところである。

ところで、右決定は、右に示したところで明かであるように、原告等が異議申立の理由として掲げた三つの理由の全部を是認したものではなかつたが、結局において、原告等の異議申立を認容して、処分庁である札幌通産局長に対して原処分を取消して、あらためて相当な処分をすべきことを命じているのであつて、同局長に対し前記主文に掲げた出願について具体的に如何なる処分をすべきかを指示していないのであるから、右決定それ自体としては原告等の異議申立を認容した決定であつて、原告等はこの決定に対し行政訴訟を提起してその取消を求める利益がないものといわなければならない。

原告等は、右の決定がたとえ処分庁に対し原処分を取消し、あらためて相当な処分をすべきことを命じたに過ぎないにしても、その主文は理由と相俟つべきものであり、その理由において原告等が異議申立の理由とした第二点及び第三点を否定し、これと反対の見解を示している以上、処分庁としては右決定に示された見解に従うことは明かであり、これに従えば、原告等の出願に対しては鉄鉱については許可をしないことは明かであり、又同一出願に対する先願者の権利が登録手続まで含まないとせられれば、本件のような場合には後願者の登録に遅れることが必定であつて、これによつて先願者たる原告等の権利は全うせられることができないこと明かであり、これらの点は原告等が本訴を以て被告のした右決定の取消を求めるについて訴の利益があるというべきであると主張するが、なるほど右決定は原告等の異議申立の理由の第二点及び第三点についてそれと異る見解を示して、処分庁に対してあらためて相当な処分をすべきことを命じたのであるから、この第二点及び第三点について何等の見解を示さないで処分庁に対しあらためて相当な処分をすべきことを命じた場合とは異り、処分庁があらためて処分をするについては被告の与えた右見解に拘束されることには相違ない。しかしながら異議申立に対する裁決庁たる被告がその裁決をするに当つてはその異議申立の対象となつた原処分を違法の点があるとして取消すべきものと決定した以上は、右決定を導き出すに必要のない点については見解を示す必要がなく、たとえこの点の見解を示したとしてもその見解は右決定の理由においては傍論に過ぎないものであつて、右決定の結論(主文)を導き出す理由とはならないものである。のみならず、原処分の取消を命ぜられた処分庁は裁決庁の右の見解に従いながらも、なお出願の全体にわたつて検討を加えた上、具体的に如何なる処分をすべきかを決定する権限を持つているのであつて、被告のした前記決定によつて処分庁のなすべき処分が定まつてしまつているのではないのであるから、被告のした前記決定が処分庁に具体的に如何なる処分をすべきかを命じていないのである以上、原告等のいう訴の利益があるとは到底認めることはできない。(原処分庁たる札幌通産局長があらためて具体的に処分をしたときに、これに不服があれば原告等は更に所定の手続を経て不服の申立をすることができるのであつて、当裁判所の本判決があつても、原告等の不服のみちが終局的に阻まれるものではない。)なお被告のした前記決定の理由中において被告の示した異議申立理由の第二、第三点に対する見解をもつて主文と相俟つものとしても、この見解そのものは取消訴訟の対象たる所謂行政処分に該当するものではないから、右第二、第三点に対する見解を対象としてこれが取消を求めるような抗告訴訟を提起することも許されないといわなければならない。

よつて原告等の本件訴は訴の利益のない不適法な訴として却下すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯山悦治 荒木秀一 鈴木重信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例